駄文3
過去記事へのリンクとかは面倒なのでやりませんが。
「MSゴシックはダサい」の話題があったときも酷かった。ダサいの定義もしないまま、ダサいの一言で繋がって、まるで大筋の合意ができているかのように振る舞ってた人は何だったんですかね。私のほうが逆張りとか言われましたが。
世間の多数の意見はどちらか、ならば、MSフォントがダサいかどうかには興味がないし、使うときは使う、くらいが大多数じゃないかと思うけど、違いますかね。逆張りに当たるかどうかはともかく、少数派はフォントの見た目の評価を重視している人のほうです。
MSフォントのグリフのバランスがどうとかいう話をしてる割には、説明書レベルのことを知らない人が混じってるのもどうなのか。等幅とプロポーショナルでファイルは違っても、問題としているアウトラインのデータは同じ、のは前提で、そこからいちいち私が「教えてあげなきゃならない」ってことはありえない。
「自分でMSフォントを作れないから否定できないってのはどうなのか」に至っては、もっとおかしい。彼らのほうが、当時の状況を多少は把握したうえで、現実的に可能な範囲内で、改善することができたはずだ、という見通しがあるから「ダサい」と言い放てるのでなければならないわけでしょう。
当時のことは知らない、開発にお金と時間がどれだけ必要かも知らない、自分には改善案も出せない。でも(数十年後に作られた他のフォントと比べると)ダサいと思ったからダサい。(OSの付属品だけど商業デザインには使えないから)品質が劣悪と言い放って構わない。それはあまりにも、お客様感覚が強すぎる。
情報揃えてものを言わなきゃならないのは、誰かに頼まれたわけでもなくいきなり「ダサい」とか他人の仕事に言い出した人たちのほう。仕事仲間で「あの仕事ダサいよねぇ」と盛り上がっていたら、後ろに関係者がいて落ち込んでた、なんて考えたこともないんでしょうけれどね。
日本人ほど、日本語の文字について、分かったつもりになって分かっていない人たちはいません。読み書きできることと、文字のそれぞれの技術に精通していることとは、理解の程度が桁違いに違う。